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優雅を競う、クラシック・カー・ラリー
一堂に会したクラシック・カーの雄姿。世界トップクラスのコレクターたちの自慢の名車がこれだけ集まるのは壮観
 
優雅な旅の歴史をつくってきたルイ・ヴィトンが主催する、このクラシック・カー・ラリーは、2006年9月5日から10日の6日間をかけて、ブダペストからウィーン、プラハまで走行した。豪華な邸宅がそびえ立つ絵のように美しい景観、ウィーンの宮殿での舞踏会。すべての出場者にとって、それはスタートからゴールまで忘れられない体験となった。
菊谷 聡/文 ルイ・ヴィトン ジャパン/取材協力・写真協力
旅をテーマとしてきたルイ・ヴィトンは、いつも自動車と密接な関係にあった
こんな光景が見られるのもヨーロッパのラリーならでは
こんな光景が見られるのもヨーロッパのラリーならでは
  ルイ・ヴィトンというブランド名を耳にして、旅を連想する方は多いことだろう。創業以来「旅の真髄(こころ)」をテーマとしてたルイ・ヴィトンは、鉄道や船による長旅が全盛だった時代に、革新的なデザインと機能性をもつトランクを作り出し、世界的な評価を集めるに至った。 そしてそれは、2代目のジョルジュ・ヴィトンにより確立されることとなる。つまり、熱狂的な自動車レースファンでもあったジョルジュ・ヴィトンは、20世紀の初頭からケルナー、ブガッティ、ロールス・ロイスといった自動車の先駆者たちのために、スペシャル・オーダーのトランクを製作していたからである。皮革やキャンバスを用い、防塵・防水性に優れた製品は、過酷な使用にも十分に耐える優れたものであった。当時の自動車はスペアタイヤを背面に背負うタイプが多いため、大きなトランクを積むには形状の制約が多かった。しかしジョルジュ・ヴィトンが作ったドライバーズ・バッグは自動車のボディラインに合わせ、スペアタイヤの中心にぴったり合うようにデザインされたことで、今では伝説となるほどの高い評価を集めた。もちろん靴本来の機能も優れ、とくに防水性が完璧だったために、緊急時には水桶としても利用できたというエピソードが残っているほどだ。
このように、当時から自動車と密接な関係を築いてきたルイ・ヴィトンは、必然的に数多くの歴史的な自動車レースにも深く関わっている。代表的なものには、1908年に開催された "ニューヨーク〜パリ・ラリー"がある。アメリカ〜アジア横断という約4万qの過酷な耐久レースに、ルイ・ヴィトンは装備を提供。
東欧の優雅な田園風景は西欧とはまた一味ちがって、レースの優雅さを増す
東欧の優雅な田園風景は西欧とはまた一味ちがって、レースの優雅さを増す
また1924年に開催された、アンドレ・シトロエンが企画した歴史的な長期遠征として名高い、アルジェリア〜マダガスカルまでの約2万qを走るクロワジズィエール・ノワール(大陸横断ツアー)≠ナは、150個以上にものぼるトランクをはじめ、すべてのラゲージのデザインと製作をルイ・ヴィトンが手掛けた。 さらに1931年、同じくシトロエンのプロデュースによる地中海〜シナ海までのマルコ・ポーロの足跡を辿る旅"クロワジズィエール・ジョーヌ(中央アジア横断探検)"にも、ルイ・ヴィトン製品が活躍をしている。
ヒマラヤをはじめとする高地や砂漠という常識では考えられない過酷な条件下で、遠征隊の貴重な機材はすべてルイ・ヴィトンのトランクに収められた。その堅牢さ、使い勝手のよさは、100年以上の昔からタフな実地テストにより支えられ、築き上げられたものなのである。このような歴史的背景のなか、"ルイ・ヴィトン クラシック ボエム・ラン"が開催された。"ルイ・ヴィトン クラシック"は、1989年以来、パリのシャトー・バガテルで開催されるコンクルール・デレガンスを通して、自動車の黄金時代を振り返るイベントで、毎年世界でも類を見ないヴィンテージ・カーが展示され、幅広い層から熱狂的な支持を集めている一大イベントだ。
このラリーはいつも、優雅な時代とアドベンチャー・スピリットを今に蘇らせる
見事優勝したクルマはアストン・
マーティン・ルマン(1933) 。真中の2 人が優勝者のRedaelli親子。左から2番目がルイ・ヴィトン マルティエ会長兼CEO、イヴ・カルセル
見事優勝したクルマはアストン・マーティン・ルマン(1933) 。真中の2人が優勝者のRedaelli親子。左から2番目がルイ・ヴィトン マルティエ会長兼CEO、イヴ・カルセル
ボエム・ランを記念して制作された
コレクションより。ユタレザーのロードマップホルダーとキーリング
ボエム・ランを記念して制作されたコレクションより。ユタレザーのロードマップホルダーとキーリング
  過去に開催されたラリーは、常に優雅な時代とアドベンチャー・スピリットを今に蘇らせる魅惑的なものであった。1993年の"ルイ・ヴィトン ヴィンテージ イクエイター・ラン"は赤道直下を走破するクラシックカー・レースで、ラッフルズ・ホテルをスタートした68ものチームが、シンガポールとクアラルンプールにまたがる800q以上という長距離を駆け抜けた。1995年に開催された"ルイ・ヴィトン イタリア クラシカ"は、夏の終わりのトスカーナ地方をスタート、美しいエルバ島の海岸線をシエナまで走破。そして、長い歴史のなかでもっともドラマティックだったのが1998年の"ルイ・ヴィトン クラシックチャイナ・ラン"である。 大連から北京に至る1300qのコースを、1910〜1960年に製造された50台ものクラシックカーが走り抜けた。中国の美しい田園風景や険しい山間部、清の皇帝のサマーパレスや万里の長城などをルートとし、その間には何千人という中国の人々から熱い声援と温かい歓迎を受けたことが印象的であった。 そして、8年ぶりに開催された今年の"ルイ・ヴィトン クラシック ボエム・ラン"は、ヨーロッパの歴史的な中心地であるブダペストを出発し音楽と森の都ウィーンを経由、プラハまでというコース。このように開催地を中央ヨーロッパとした理由として「ほんの数年前まで、ブダペストとプラハをウィーン経由で結ぶラリーなど考えられませんでした。しかし今日、この3都市は再びヨーロッパの中心となっています。常に世界情勢に関心を示してきたルイ・ヴィトンにとって、中央ヨーロッパでの開催はとても象徴的なことなのです」と、ルイ・ヴィトン マルティエ会長兼CEOのイヴ・カルセルは語っている。 この画期的なラリーには、世界各地から 50台もの希少なクラシック・カーが集まり、再びヨーロッパ全体がひとつになったことを祝うイベントとなった。初秋というクラシック・カーを走らせるには絶好の季節、古い樫の森や童話から抜け出したような美しい町並み、 そして各地の住民からの応援のなか、約800qの道のりを走破した。イベントのハイライトは、ブダペストにあるハンガロリンクF1サーキットでのトレーニング・セッションやウィーンのホフブルグ宮殿での舞踏会そして、プラハ城のゲートでの盛大なパレードである。まさに、8年ぶりに復活したルイ・ヴィトン主催のラリーに相応しいイベントとなった。 ルイ・ヴィトンは、ルイ・ヴィトンクラシックチャイナ・ラン≠フ10周年記念ラリーを2008年に開催すべく企画中だという。経済が急成長している中国だけに、わずか10年とはいえその変貌ぶりは顕著であろう。2年後の中国では、ルイ・ヴィトンの新たな歴史が刻まれることになる。
ウィーンのホフブルグ宮殿での優雅な舞踏会と豪華絢爛なフェアウェル・ディナー。サプライズの花火にゲストは酔いしれた。
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